ご挨拶

【Maisha ya raha】とはスワヒリ語で、しあわせな人生、という意味です。
この名前は、2007年にナイロビの小学校に通うジュマ・ハミシ・カテンベくんがつけてくれました。
彼は、ほんの数年前までしあわせな人生どころか、過酷な人生を歩んでいました。
3歳までは順調に成長できたのですが、ある日の腹痛を境に彼の人生は一変しました。
日本のような医療先進国であったなら違っていたことでしょう。
治療の遅れや日本では考えられない手術の結果、彼は歩くことも立つことも、
食べることすらもできなくなり余命いくばくも無い、と死を宣告されたと同然の状態となり、
生死の境を何回も行き来しました。

カテンベを助けたい、カテンベの生きたい!という願いを叶えてあげたい!
と立ち上がったのがナイロビ在住のライター早川千晶さんとモンバサのミリティーニ村で
太鼓を勉強していたアフリカンパーカッショニストの大西匡哉(まさや)さんでした。
二人は日本とケニアで募金活動をし、約911万円が集まり、
カテンベくんは2006年10月にお母さんから腎臓をもらい移植手術を受けることができました。
何時間にも及ぶ大手術でしたが手術は無事成功しました。
しかし、その腎臓がずっと機能していくためには免疫抑制剤を一生飲み続けなければなりません。
ケニアには日本のような健康保険制度が無いので、お薬代だけでも大変な金額になります。
カテンベくんの家は裕福ではありません。妹達もいます。
カテンベくんが自立するまでのお薬代や教育費をご両親が捻出することはとても難しく
今後も支援が必要です。
そんな中、カテンベくんの腎臓移植のための募金をしてくださった多くの方から
彼が自立するまで応援ができないか?とか、
カテンベくんの他にも病気で苦しんでいる子や
学校に行きたくてもいけない子がいるのではないのか?
未来を信じて、夢を持って生きている子供達のために何かできないか?
アフリカの子供たちが自立の手助けが出来ないの?
という言葉が多数寄せられました。

 そういった多くの人々の想いにより、【マイシャ・ヤ・ラハ】は設立しました。
運営委員は、東京の二本木希衣子、一和多澄佳、山田悦嗣、
この3人が中心になって、日本全国にケニアの子ども応援団をつなげていきます。
そして、ケニアの早川千晶さん、大西匡哉さんへの橋渡しをして、
カテンベくんとカテンベを通じて出会ったケニアの子供たちを応援していきます。
ひとりでも、多くの子供が
Maisha ya raha{しあわせな人生}
を歩めるように。アフリカの子供達の未来のために。

アフリカの子供たちが、自立した大人になれるように、
アフリカの人たちが自らの手で生活の糧を得られるようにサポートしたい。
この気持ちが私達の根幹にあります。
だから、より多くの人が生のアフリカを感じ、
アフリカの人や動物や自然のために
自分が何をできるか?を考えて欲しいと思います。
そしてぜひ、それを行動に移してください。

皆様からお預かりしたお金は1円たりとも無駄にすることなく
アフリカのために使います。
給食費、医薬品代、学用品購入、学習費、先生への謝礼などに
使われます。
余裕ができれば、子供たちをフィールドワークに連れて行ったり
子供たちに植林活動をさせてあげることもできるでしょう。
また、スラムの職人さんたちにMaisha ya Rahaグッズを作ってもらい、
それを職人さんたちから購入、Maisha ya Rahaで販売、売り上げ寄付も
行っています。
日本での活動として、各種イベントに参加して、アフリカの事を
知ってもらおうと思います。
アフリカに興味あって、いろいろ知りたいと思う人はたくさんいると思います。 
アフリカの文化に触れてみたい人は、たくさんいると思います。 
アフリカを感じてほしい、そのきっかけになれたら・・・と思います。
他にも、アーティストコラボランティアと称して、日本のアーティストの
方達にアフリカをイメージした作品を作ってもらい、販売。
その売り上げを寄付しています。

基金は、常に進化しています。
私達も、次はどうなる?どう変化する?と進化を楽しんでいます。
関わった人たちが楽しくやっていけるように・・・
関わった人たちも{Maisha ya Raha=素晴らしい人生}であるように
願っています。


2007年4月吉日

マイシャ・ヤ・ラハ基金 
代表・二本木希衣子 副代表・一和多澄佳